ギンザノヒト

ダサくていいじゃない

グレイテスト・ショーマンを見てきた

はじめに

見てきました。IMAXで。最高でした。

日曜日に、昼食を食べるためだけに外出してしまい、そのまま帰るのもなーと思ってドトールに寄って、ちょうどいい時間に上映する回があったのでそのまま映画館へ。カップルに両脇を挟まれる中、ワインを飲みながら一人泣きそうになりました。終わった後はCDショップに直行してサントラ購入。

酒飲みながら観たせいもあるかもだけど、めちゃめちゃいい映画だと思うので、感想まとめようと思います。

ネタバレのない感想

この作品は、主人公のサクセスストーリーでもなければ、ラブストーリーでもない。完全に「俺たちは生きてるぞ! お前は死んだ顔して何がやりたいんだ?」を観る人に投げつけてくる、パワー満載の映画です。劇中の登場人物の希望、絶望、夢、情熱、諦め、興奮が楽曲によって美しく力強く伝わってくる。観る人を惹き込み、その感情たちに巻き込んでくる。そして、観終わったあと、強い感動ではなく、余韻に浸るような、「明日から強く生きよう」というパワーを静かに感じられる、そんな映画。商業主義により擦り減り、社会に抑圧され、夢よりも現実を生きる人に、「それで楽しいか?」と投げかけ、希望を与えてくれる、そんな映画。僕は、この映画見て、仕事辞めたくなりました。

観終わった直後よりも、余韻の方が凄いので、サントラ買いたくなると思います。あと、絶対音響がいい映画館で観た方がいいっす(全員言ってる)。

ネタバレありの感想

※ネタバレあります

劇中歌参照しながら振り返っていきます。

 

The Greatest Show

The Greatest Show

イッチバン最初、いきなりこの曲から始まる。その力強さに圧倒され、すでに僕はちょっと泣きそうでした(全くストーリー知らなかったけど)。すげえショーが始まる!を予感させる。んでもって突然の夢オチ。この時点では、この男の子がフィニアスだって分からないっすよね。すぐ分かるわけだけど。

このあと、盗みを働きながら生きながらえる姿が描かれるわけですが、その生活が長かったから平気で南シナ海に沈んだ船を担保に大金を借りたりするのかな、という、仕方ないとはいえ主人公らしからぬ行いが垣間見えます(僕が1番驚いたのは、それを受け入れるチャリティ)。

A Million Dreams

A Million Dreams

え、キミ歌上手すぎだろ!ってまずビビった。歌声が綺麗すぎる。このとき、少年フィニアスは、チャリティにグレイテスト・ショーを見せてるんですよね、最高。

‘Cause every night I lie in bed
The brightest colors fill my head
A milion dreams are keeping me awake

少年フィニアスのここ、最高すぎる……。歌声の透明感と、希望に満ち溢れた歌詞。昔の、色々夢想しては寝付けなかった夜を、観る人に思い出させる。ただただ美しい。

このあたりで、あーこれP.T.バーナムなのか、みたいなのが何となく分かり、突然の大人バージョン登場で全てがわかる。このときのフィニアスは、チャリティだけのグレイテスト・ショーマンなんですよね。チャリティは、格式ばって抑圧される家庭環境の中で、ショーを見せてくれるフィニアスに惹かれるわけです。

A Million Dreams (Reprise)

A Million Dreams (Reprise)

ここも感動的。2人の娘たちには、夜眠れなくなるほどの夢や希望がある。それはまるで少年フィニアスと同じなわけです。こんな夢に溢れた娘たちに、自分のせいで現実を突きつけてしまう。そんなことを考えたフィニアスは、ここで「成功」を誓ったはずです。このときはまだ、娘たちに夢を見させることを考えてたはず。その手段としての富と名声だったはずが、途中ですれ違ってしまう。

僕がこの映画で1番好きなセリフは、この後娘たちに言われる「生きているものが見たい、だって皆死んでるもん」てきなセリフです(1回しか見てないからちゃんと覚えてない)。ここがこの映画の本質だと思う。血が通った迫力が欲しい。これめっちゃ共感できるし、考えさせられませんか。何でもインスタントに揃い、娯楽に溢れかえった現代において、生きているものって、なんなんだ。死んだ顔してインスタントに楽しむのって、本当に楽しいんだっけ。

ここで、フィニアスは“面白人間ショー“を考えつくわけです。このあたり、僕の中で結論が出てないんですが、観たときの感想てきには「ぜってー金のことしか考えてねーな」って感じでした。あらゆる“面白人間“をスカウトするにあたり、誘い文句は「君は君として受け入れられるはずだ、勇気を出せ、任せろ」でした。胡散臭さがある。にもかかわらず、このあとのCome Aliveは強いメッセージ性がある。ここが謎。上っ面だけでこんなメッセージ放てるなら、相当の詐欺師だと思う(劇中でも自分で詐欺師って言ってるけど)。

Come Alive

Come Alive

生き返れ。こんな強いメッセージないっすよね。社会に潰されて、自分を肯定できなくて、縮こまって。それでいいのか。このメッセージに動かされ、レティ達は舞台に立ち、今までとは違う世界に飛び込んで、2度と戻れなくなってしまう。夢と希望を持つようになる。その姿に、観ている人も夢と希望を持ち、笑顔で帰る。このへん、凄く薄っぺらくしてしまうと、差別的笑いに見えるところだと思いますが、間違いなく劇中の観客も熱狂し、生き生きしている。その見せ方が、曲のメッセージ性の厚みも相まって上手かったんじゃないかと個人的には思います。この曲聞くとマジで仕事辞めたくなる。

忘れちゃいけないのは、このときフィニアスは金を稼ぐためにいろいろ盛りに盛ってるところです。詐欺師の片鱗を見せてる。

The Other Side

The Other Side

Other Side。富と名声・社会的地位 vs 魂の充足。フィリップを引き込んでおきながら、完全に立場が入れ替わる。ここでフィニアスは完全に社会的地位を取りに行くのが、残念っぷりがすごい。まあでもこの頃、エリザベス女王に呼ばれても全員で乗り込んでたんですよね。

Never Enough

Never Enough

  • Loren Allred
  • サウンドトラック
  • ¥250

初見では理解が追いつかなかったんですけど、なんでジェニーはフィニアスの誘いに乗ったんですかね。「自分は偽物しか見せられないけど、1度くらい本物を見せたい」てきな誘い文句だったと思うんですけど。わからん。どれだけ賞賛されても満たされないジェニーが、へんなことやって旋風を巻き起こしたフィニアスに惹かれたんすかね(雑)。

All the shine of a thousand spotlights
All the stars we steal from the nightsky
Will never be enough
Never be enough
Towers of gold are still too little
These hands could hold the world but it'll
Never be enough
Never be enough

For me

映画館で聞いたときは震えました。あまりにも悲しすぎる。孤独が溢れてました。富と名声という、フィニアスが求めるものを持ちながらも、圧倒的な孤独。行きつく果てが見える。ジェニーは、この孤独を理解して2人だけの世界を作ってくれることをフィニアスに期待したわけですが、フィニアスは金のなる木としてしかジェニーを見れなかった。それに気づいたジェニーは、更なる孤独に襲われ、姿を消す。可哀想すぎる。

This Is Me

This Is Me

  • Keala Settle & The Greatest Showman Ensemble
  • サウンドトラック
  • ¥250

主題歌らしい。正直、映画館で見たときは、まあ普通、って感じでした。ここが刺さるかどうかって、観てる人がフィニアス側にいるか、レティ側にいるかで変わると思う。ジェニーという社会的地位生成ツールを手に入れたフィニアスに、少なからずイラついていたので、凄く入りやすい文脈だったけど、あからさま過ぎた気もする。個人的には、Never Enoughの儚さに感動した直後だったので、まあそうなるよね、くらいの印象でした。

フィニアスはこのタイミングで、チャリティを始め巻き込んで来た人たちのグレイテスト・ショーマンから、ただの興行師になるわけだ。Other Sideに行ってしまう。

Rewrite the Stars

Rewrite the Stars

ここ、完全に結ばれたと思ったんですけど! まさかフラれるとは。歌詞見ると、対比的で面白いなーと後から思いました。

Tightrope

Tightrope

  • ミシェル・ウィリアムス
  • サウンドトラック
  • ¥250

フィニアスの影と踊ってた瞬間に消えるシーン、ヤバすぎる。フィニアスの夢ならたとえ間違ってたとしても一緒に見たい、夢を見せて欲しい、ついていきたい。そう思っていたチャリティが、フィニアスを見失う。というか、フィニアスがチャリティを見失う。Million Dreamsリプライズのシーンで、チャリティは「この幸せがずっと続きますように」って願ってたのに、ついに崩れる。綱渡りから落っこちる。

From Now On

From Now On

正直ピンとこなかった。フィニアス、これだけ散々引っ掻き回しといて、なんで戻ってこれるんだよ、ってなった。それだけ、レティ達にとって希望だったのかなー。大切なものは失って初めて気づく的な。ちょっと良かったシーンは、散々批判して来た批評家が酒を分けて「復活を祈るよ」って言ってたところ。一度全てを失ったフィニアスなら、盛りに盛った詐欺のサーカスではなく、本物のサーカスができると期待してたのかな。

I drank champagne with kings and queens
The politicians praised my name
But those are someone else's dreams

ここは好き。誰かの夢を生かされてた。そういうこと、ありますよね。

The Greatest Show

The Greatest Show

あえてもう一度。まさにグレイテスト・ショー。生きて、生きている本物を見せて、見るものを生き返らせ、自分が生きる糧にする。

フィリップがステージに立ったのも、よかったなーって感じ。「僕は何もしないよ」「みんな何かするのよ」から、傍観者をやめて生を歌う。

思うところ

サクセスストーリーでもなく、ラブストーリーでもなく、「俺たちは生きてるぞ! お前は死んだ顔して何がやりたいんだ?」を突きつけてくる。見た人は、フィニアスにも、フィリップにも、レティにもなれる。

フィリップの話が出てきてややこしい、みたいな話もあるけど、観てる人がどの位置にあたるかといえば、たぶんフィリップなんだと思うのです。始めは離れたところから面白がって見てるだけ、自由に憧れつつも今の生活を失えない。でも、そこから飛び出せば、それじゃ満足できないところに行けるんじゃないの?って、そう言われてる気がする。変わるのは、自分次第だよ。

そんな生き方、できないっす……。したいっすけどね……(中途半端だとアンにフラれる)。

社会に負けそうになって、自分を見失いそうになったときに、見たい映画になりそう。

卒業のエモとその成分について

くりむ、卒業するってよ

気づけば大学も4年間居座ったらしく、ついに追い出されるようです。ちなみに、最後まで「卒業できるか分からない」と言い続けた僕ですが、なんとか取得単位数も足りて、無事卒業と相成りました。ご心配いただいた皆様、ありがとうございました。 卒業するにあたり、様々な方に祝っていただき、また思い出話に花を咲かせるわけですが、やはり卒業するのは寂しいものですね(ご卒業おめでたくない説)。

卒業のエモ

数々のアーティストが卒業ソングを歌うように、卒業という行事は、一年の中でもかなりエモーショナルな行事です。 ぶっちゃけ僕は送り出す側が寂しがるのは意味が分からないですが 送り出す側も、やはり強いと思っていた先輩が脆くも泣き崩れる様を見ると人間の儚さを感じて泣きたくなるわけですが実際に卒業する段になって感じることを、纏めておきたいと思います。もうあと卒業するのなんて童貞くらいしかないし。

メメントモリ〜死を想え

卒業を実感して始めに感じたのは、死にたくないってことでした。生臭え。もともとそのくらい意識して人生送ってくれよなってことかもしれないけど、やはり時間の経過とか有限性とか、終わりが来ることを意識しちゃうよね。

もうこの楽しい時間は2度と来ないんだな感

メメントモリに似てるかもしれないけど、明確に違う。このメンバーで喋るのが凄く楽しいけど、全く同じメンバーではもう会えないかもしれないし、メンバーが揃っても同じ時間は戻って来ない。もう2度と会えない人がいるかもしれない。この感じ。

いい人たちに出会えたな・いいコミュニティになったな感

もうお爺ちゃんですよね思考が。

これからの彼らに祝福あれ

自分はこんな経験をしてきた・こんなに悩んだ時期があったし、きっと彼らもこれから色々なことに出会うんだろうなぁ。そこに居合わせられないのは寂しいけど、頑張ってくれよな。

先輩と後輩ということと人間ということ

先輩と後輩という関係性は、極めて機能的なものだと思います。というのも、先輩はものごとを良く知っていて後輩に教える立場にあるし、後輩はその指導やあるいは先輩の姿を見ることでやがて自分も後輩に教える立場になるからです。これは、組織がなんとなく続いていく"仕組み"に当たると思います(組織論分からんから古い考え方かも)。つまり、先輩という役職と、後輩という役職なわけです。 でも、それらは役職に過ぎず、その中には人間がいるわけですよね。ここが僕はイマイチ分からなかった。先輩と後輩を超えて、友達と呼べる段階が来るはずだと思いながら、実感としてなかなか掴めない感じが否めない。

役職としての責任、人間性の責任

そんなとき僕が思い当たるのは、責任という言葉です。役職としての責任とは、当然与えられた職を全うすることです。先輩であれば後輩にものごとを教え導くこと。役職として、先輩が物知りで、後輩には何でも教えてあげるのは、責任として当たり前なわけだ。というわけで、僕個人のスタンスとしては(大事なことなので強調しておきます)、そんなことで後輩に気に入られようなんざ思ってないし、それを盾に近寄るのは卑怯だと思ってきました(先輩がルールなんだから強くて当たり前だ)。 むしろ大事なのは人間性の責任なわけです。人間は、出会ってしまったが最後、必ず相手に何かしらの影響を与えてしまいます。コンビニ店員との数秒間の出会いも、店員の態度如何で、あるいは客の態度如何で、相手の感情が変わるわけです。そういった意識の中で、少しでも相手に良い影響を与えたいと努力することが、人間性の責任なのかなと思います(思い遣りとかいう曖昧な言葉で誤魔化すな)。これが上手くお互いに重なったとき、何となく良い関係になれている気がします。

ここまで書いて一人反省会をすると

やっぱ自分はダメだなと言った感じですね。自分が気持ちよくなる方向にしか脳みそ働いてない。ぴょえー。

おわりに

アイマスの「私はアイドル」という曲が好きなんですが(唐突)、特にここが好きです。

きっと私は自由! そりゃ多忙なスケジュールに いつ倒れるかもしれない ハードワークでも だって声援をくれる この素晴らしいファンがいる もしポリシーを曲げたなら彼らを裏切ることに それはできない 逆説的にフリー

僕は僕なりのやり方でやっていく、それに期待してくれている人がいるわけですし。僕は、僕なりのポリシーを曲げずに、人間性の責任を果たしていくのみです。そのせいでまた人間味が失われるというか、誰もそこまで考えて人と接してねえよてきな扱われ方をされる気もする。 卒業に際しまして、これまでお世話になった皆様方に厚く御礼申し上げるとともに、今後ともくりむを見守っていただき、またくりむが責任を果たせていないときには叱咤激励いただけるようお願い申し上げます(オチがついてないけど今日は終わり)。

※2017.3.17追記 たいして知りもしない先輩を送り出すのはさぞ大変だったと思いますが、本当にありがとうございました。 皆さんの人生に一瞬でも居れたことに、深く感謝申し上げます。本当にありがとう。

就活中に思うこと

はじめに

こんにちは、くりむです。最近、自分の誕生日や出身って誰が責任を持って保証してくれているのだろうかとか考えてます。自分じゃわからなんじゃないですか。

大学生の経験ってなんやねん

就活してます。してると言えるほどしてるのかは分かりません。なんてったって無内定ですから。それより、就活生は面接に行くと色々なことを質問されます。そこで、定番なのが、「あなたの長所と短所を教えてください」じゃないでしょうか。私は大学に入学するまで、私の長所は「色々なことをやって来たこと」だと思ってました。バカですね。バカだと思います? 私はバカだと思います。理由その1、世の中全く同じ経験してきたやつなんていないんだから、みんな色々なことを経験してきてるんだよ。それを、色々なことやって来ましたって、そりゃちゃんちゃらおかしな話です。理由その2、高々21歳の色々なことって、何なんすかそれ80歳の前でも同じこと言えるんすか。中川翔子さん(以下しょこたん)ご存知でしょうか。しょこたんは、年齢のことをゲームキャラクターのレベル(Lv.)に例えることで有名です(有名だから覚えてください)。つまり、21歳はLv.21、30歳でLv30、50歳でやっとLv.50なわけです。皆さん、ポケモン好きですか。ポケモンのLv.21なんてメチャメチャ序盤ですよね、Lv.21がしてきた経験なんてたかが知れてるでしょ。というわけで、大学生が自分をアピールしようとしていくら経験を誇示したところで、何にもならない。少なくとも、僕はそう考えるようになりました。そしたら、大学生がしてきた経験って何なんですかね。何を信じて就活すればいいんですかね。

経験→価値観、スキル

ではここで、折角ポケモンの例を出したのでポケモンでまた話を進めたいと思います(ここからはアニメ版ポケモンになります許して)。アニメ版ポケモンでは、身一つで飛び出した少年サトシが、道中で様々なひとやポケモンに出会い、仲間を増やして次のマチへ、な感じです。彼が目指すのは、ポケモンマスター(彼が想い描くポケモンマスターは「ポケモンと信頼し合うことを通じて最強に登りつめた者」)。ここで、サトシはどうやって仲間を増やしているのかといえば、初めのピカチュウしかり他のメンバーやポケモンしかり、価値観の共有だと思います。サトシの目指す、ニンゲンとポケモンが理解し合い支え合いながら生きるというvisionに共感し、そのvisionに共感するに至るまでのバックグラウンドをサトシと共有することで、仲間になる(んだと思います)。これって就活でも同じかなとか思うわけです(無内定が語る)。自分の経験だけでも、価値観に共感したというだけでも、足りないわけですよね。セットで伝えないと意味がない。では、それだけで良いのかというと、そういう訳でもない。そのポケモンなりトレーナー・ブリーダーのスキルも評価してます。スキルといっても2つに分類できます。①ワザ・技術、②性格に起因するスキル、です。同じポケモンは仲間にしないし、登場人物はそれぞれが特徴的な性格をしています。つまり、何が言いたいのかというと、経験だけ語るな、価値観とスキルとセットで語れ、とこういうわけです(結論はよくある就活指南になってしまっている)。

みんなブログ書こう

経験から価値観を抽出することが必要だ、と綴ってきたわけですが、これって随筆文の特徴だってことはお気づきでしょうか。随筆文は、作者の主張を、自身の経験をもとに綴るものです。ですから、随筆文が書ける人は、自分の価値観と経験が紐づけられているはず。すなわち、ブログ書けば価値観と経験が結びつけられるはず! みんなブログ書いてくれよな! ブログ書いて、内々定一直線だ!

Microsoft Dreamsparkを知らない大学生おるか?w

ねえ、知ってる? 学生生活って、有限なんだって

勢いで見出しつけました。こんにちはこんばんは、くりむです。大学生活、無限に続くと思ってたのに、どうやらあと11ヶ月らしい。早く就活終われ。ところで学生のみなさん。みなさんは学生割引とかアカデミックプランって、上手く利用してますか? 今日は、僕がつい最近知ってもっと早く知っていればああああああ!!!!!!と思ったMicrosoftが提供する無料のアカデミックプログラム、Microsoft Dreamsparkの紹介です。

What is Microsoft Dreamspark?

プログラミングやサーバー構築といった IT スキルの学習を目的として、Visual StudioWindows Server、SQL ServerWindows Embedded などを年間購読制でご利用いただける無償メンバーシップ プログラムです。
学生向け DreamSpark について | マイクロソフト 教育機関向けより引用。つまり、登録すると1年間いくつかのMicrosoft製品が無償で利用できるというプログラム。学生の間はライセンスを更新すればよく、またインストール済みの製品は卒業後も非商用利用に限り使用できます。すごいね。対応サービスはMicrosoft DreamSpark - Software Catalogで確認できます。かなりの数。そしてWindows 8.1Windows7も含まれてる! なんということ。ということはWindows買わなくてもBootcampできるじゃん!

Windows8.1を、Bootcampを使って動かし

ました。
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初めの2回は何かよく分からん現象が起きて、Windows用のパーティション作成に失敗したりしましたが、3回目には上手くいったので謎。f:id:kuriiiimu:20160508210459j:image
上手くパーティションの作成が完了すると勝手に再起動、自動でこの画面まで来ました。ここでバリバリ設定していくとまた勝手に再起動して設定が完了するんですが、Windowsインストール直後は無線LAN接続ができませんでした。というわけなので、Microsoftのユーザー登録諸々はインストール直後にはできません。
f:id:kuriiiimu:20160508211010j:image
ここまで行ったのに、動かねー!と思っても焦らない。僕の場合はですが、本体の電源落として入れ直したら無事先に進みました。無線LAN接続を利用するためには、Bootcampで使用したUSBメモリに入っているWindows用関連ドライバーをインストールすれば使えるようになります。
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FaceRigやりたさにインストールしたと言っても過言ではない。

Dreamsparkでもう1つ気になってるもの

あと、Dreamsparkの提供サービスでもう1つ気になるのはAzure for Dreamsparkです。Azureとは何ぞや?という方はこちら。Microsoft Azure: クラウド コンピューティング プラットフォームとサービス
これの機能を限定したものがどうやら使えるようになるらしいのですが、それでどの程度何ができるのか分からないので気になるなるなる。

おわりに:永遠なんてないのよ

というわけで、学生ってやりづらいねと思うこともありますが、学生だからこそ優遇されてることも沢山あるわけで。学生のうちに、学生の特権を使っておきましょうぜ!

GW暇すぎる件

今週のお題ゴールデンウィーク2016」 f:id:kuriiiimu:20160501022130j:plain ↑昨年のゴールデンウィークに行ったっぽい茅ヶ崎の夜明け

ゴールデンウィークってめっちゃ暇じゃないすか

どうもくりむです。世間はゴールデンウィークですね。私は大学生なので毎週ゴールデンウィークみたいなところありますが。

ゴールデンウィーク暇すぎる

ゴールデンウィーク暇じゃね? 暇というか、やりたいことはあるんだけど、「普段なら空いているはずのあの場所がめっちゃ混んでる!」みたいになるじゃないですか。 たとえば、池袋行きますでしょ。途中で疲れますでしょ。喫茶店入りたくなりますでしょ。どこも空いてない。 ってなると、もう家にいるしかないじゃん。

お金がない

そして、個人的な事情ですが毎年この時期ってめっちゃお金がない。アルバイトの関係で、1,2月ってめっちゃお金入るんだけど、そこから先はあんまり入らなくて、6月あたりが1年で一番貧困を極める。 5月の頭であるGWは、そんな事情があるせいで全然お金使えないし、なのにアルバイトは祝日だからないし、なんやねん。

ゴールデンウィークといえば映画

ゴールデンウィーク、聞くところによると映画業界の用語らしい。連休が続いて映画が売れるからゴールデンだと。たしかにこの時期めっちゃ映画公開されますよね。 いろいろ見に行きたいのあるけど混んでるから行きません。もっと空いてから行きます。だって値段同じじゃん。

ズートピアが流行りらしい

今年はディズニー映画のズートピアがいい感じらしいですね。ケモナー歓喜のハイレベル映画っぽいのでちょっと見るのためらってます。誰か背中を押してください。 コナンも見たいですね。でもあれですね、泣くために映画見たいのに、どの映画見て泣けばいいんだろうか。

無駄に掃除してみたり

とにかく、家から出たくないので、家の掃除してみたりしてみたり。冬の間は部屋が寒すぎてiMacが放置されている我が家ですが、そろそろ暖かくなってきたのでiMac周りを片付けて使えるようにしてみました。 久しぶりに立ち上げたら、動作が重いのなんの。どうしたものか。

ゴールデンウィーク明けたら面接ラッシュらしい

実は就活生なわけですが、ゴールデンウィーク明けって面接固まりますよね。しかもゴールデンウィークって大抵大学でも課題出されますよね。あれ、暇じゃないのでは……? やだやだ何もしないぞ俺は!(さっきまでES書いてた)

くりむのゴールデンウィーク2016

というわけで、私のゴールデンウィーク2016はなるべくお金を使わないよう家に籠って掃除とESとウェブテストと勉強に終わりそうです、本当にありがとうございました。

エンディング曲は迷宮の十字路(だっけ?)のテーマ曲です。

『大学生』って、なんだ?

春ですね

なんだかんだでもう大学の4年生になってしまいました、くりむです。
4月になり、大学には新入生がやってきました。まだ僕の中で新しい後輩たちが入って来たんだなぁという実感はありませんが、新入生の皆さんは大きな希望と少しの不安を持って大学生活のスタートを切ったはずです。

大学に入って初めて経験したこと

大学に入って初めて経験したこと、たくさんありますよね。酒・タバコは多くの方にとってそうでしょう。
僕の場合なら、アルバイトも大学に入って初めて経験したことです。なんだかんだ3年間続けてしまい、すっかり長老のようになってしまった塾も、「部長!」と呼んで可愛がっていただいたラジオ番組制作も、今まさに向かっているコンビニの夜勤も、全て大学に入ってから始めたことなんだなぁと思うと、ひどく感慨深いものです。アルバイトだけでも、濃い3年間だったなぁと思います。
あとは、言わずもがな、サークル活動。多くの大学生の例に漏れず、僕の生活の中心もサークル活動だったわけです。それまで映像なんて興味のなかった僕が、映像のために一眼レフを買い、ついでに写真も始め、その流れでトイカメラも始め……。活動内容だけでなく、サークルを通して経験してきたありとあらゆるものは、僕の血液の90%近くを構成しているんじゃないかというほど僕の中の大きな部分を形作っています。

その多くは、人間関係に収束する

大学生になって初めて経験したもの、徹夜というやつもです。徹夜カラオケ、すごく刺激的でした。
あとは、男女関係のもつれみたいなのも、大学生になって初めて経験したものですかね。僕が勝手にもつれたこともありますが、多くは僕の周りでとんでもない、それこそブログでネタにできないレベルでもつれるのを見る機会が数回ありました(高校時代の友人に話したら同情された)。
もちろん、大学に入ってから得たものは、これらの『体験』だけでなく、知識や技能も多くあるはずです。しかし、モノの見方や人生観(は言い過ぎかも)が大きく変わったんじゃないかなぁと感じます。
大学に来て1番初めに感じた、「来る大学間違えたな」感、今でも忘れません。その中で、先輩たちのバカみたいな映像を見てものすごく感動したこと、今でもよく覚えてます。自分よりも何でもできて、自分よりも努力している友人を見たときの衝撃、まだ癒えていません笑。後輩ができて、知らず知らず自分の目線が上からになってたことに気づかされます。子供たちのために考えても考えても、子供達は懐いてくれません。字も綺麗に書けない人達(好ましい表現ではないが見逃していただきたい)が、必死に世の中を回しています。
全部全部、新しい人に出会って、新しい世界を知って、新しい目線を得てきたものです。人に出会って初めて得られた経験です。

大学生の醍醐味=人との出会い

僕が、中高一貫校で過ごしてきたからということもあるのかもしれませんが、大学生になって1番楽しい想いをしているのは、世の中って広いなぁと感じられるからだと思います。こんなに世の中を見られる時期、もうないんじゃないでしょうか。大学生は身軽です。だから、色々なコミュニティーに顔を出すことができるし、色々な世界に飛び込むことができます。自分の地位をキャストオフして世の中を見ることができます。その中で、ふと自分の在り方に気づいて、身の振り方を考えられるのが、大学生なんじゃなかろうか。

考え無しに世界を学べ

大学生なんて何にも守るべきものはない(命くらい?)し、バイト次第だけどお金もある。世の中の大人の多くは、若者として快く迎え入れてくれるし、時には叱ってもくれる。こんな特別な時期に、自分の世界に閉じこもっても仕方がない! とはいえ、頭でわかっていてもなかなか飛び出せないものですよね。難しい。
とにかく、僕の場合には、エイ、ヤー!と思って考え無しに踏み出しちゃうことが多かった気がしますね。いや、まだまだ怖くて内に閉じこもってる感ありますけどね……。
大学生活、1番踏み出せてないのが、恋愛だったりするんですよね。大人になってから失恋とか痛々しすぎるのに、どうしたものか……。

まとめ

つまり、大学生って、実はどの時期よりも1番広い世界を俯瞰して見渡せることができる時期で、しかもそれを良しとされる時期なんじゃないのってことです。おわり。

オタクはいつから街を大手を振って歩けるようになったのか

この記事はそこらの大学生がなにも調べないまま書きなぐっただけなので、そこは了解の上読み進めていただけると助かります(言い訳)。

私オタクなんで、と名乗るオタク

この間、Twitterでこんな発言をしてしまった。「生き生きしてるオタクはキライだ」と。じゃあそういうお前はなんなんだという話ですが、僕も漫画・アニメの知識があってそちら側に傾倒しているという意味ではオタクにカテゴライズされるのかもしれません。
しかし、昨今の「オタク」、定義が曖昧すぎるんじゃないでしょうか。僕が思うに、オタクってマイナスイメージの言葉だし、言うなれば蔑称だと思うんですよね。普通の人⇔オタクという対比の上で使われる言葉だと思われます。そういう人達は、マジで全てを捨てて自分の趣味(特にサブカルチャー)に賭けてるからこそ特異な目を向けられオタクと呼ばれるようになったのではないかと思います。
というか、はてなキーワードにも蔑称ってちゃんと書いてありましたね。いま読みました。
元々ロリコン漫画誌から発せられた造語の為、本来は(性的表現も含む)コアな漫画・アニメマニア(特に男性)を指す蔑称。
以上、はてなキーワードより引用です。
それが、現在ではオタクを自称するような人達が大勢いて、秋葉原などでは我が物顔で大手を振って闊歩しているわけです。
僕は自分たちでオタクを自称して連む姿に、「あたしってブスじゃん?」「えーかわいいよーあたしの方がブスだもん」「ブス仲間じゃんイェーイ」みたいな気持ち悪さを感じます。
違う例を挙げるなら、「あたしってデブじゃん?」「えーデブじゃないよーあたしの方がデブだもん」「デブ仲間じゃんイェーイ」みたいな気持ち悪さです。伝われ。
つまり、私オタクなんでって自称するヤツらは、オタクのことを蔑んだ上で、自分を下にして普通の人同士で仲良くなるために自称しているひとが多いんじゃなかろうか。

生き生きしてるオタク

じゃあ、生き生きしてるオタクとはなんなのかというと、こんな感じに分けられるんじゃなかろうか。分ける軸としては、①普通の人⇔オタク、②周りを気にしている⇔気にしていない、でしょうか。
  1. オタクを自称する普通の人が仲間内でワイワイやってる
  2. 特異な目を向けられる快感を得るために普通の人がわざと演じている
  3. 自分が特異であることに気づかず(周囲からの視線に目もくれず)、活動に励んでいる
  4. 自分が特異な目で見られてることには気づいているが、それよりも目の前のコミュニティ・コンテンツが優先である
こんなもんでしょうか……?
ここまで類型立てたところで、秋葉原を大手を振って歩くオタクはどれなのか考えると、1,2が多いんじゃないかなと思います。オタクという言葉が広く流布して、サブカルチャーと呼ばれていたものがメインカルチャーに登りつめて、その結果が1,2のような生き生きしたオタクを生んでる気がします。
なんかアレですね、竹の子族に近いものを感じる。竹の子族よく知りませんけど。元竹の子族の方に聞きたいのですが、なんで自分は昔あんなことしてたんだろう?とか思わないんでしょうか(別に煽ってないです)。たぶん、世の中そんな流れだったからそうしてただけなんじゃないんですか。先の類型の1,2のようなオタクもたぶん同じで、なんかそんな流れだからそうしてるだけだと思うんですよね。

それが全国的に波及するに至ったのは、やはりインターネットの力なのではないでしょうか。そして、1,2のようなオタクを取り込んで儲けようと思った企業の力なのではないでしょうか。秋葉原がそういう街として成立したのも、商業的な思惑があったのではないかと思ってしまいますが、これは資料に基づかない勝手な思い込みかもしれません。

今後に思うところ

そんなわけで、話があっちいったりこっちいったりしてますが、結局何が言いたいのかというと、①オタクを自称するのは気持ち悪いからやめてほしい、②オタクを自称してるのは大抵そのときの流行でたまたまそんな感じになっちゃった普通の人なんじゃないの、ということです。それをクールジャパンっていって売り出そうとしたって何か嫌ですけどね。だって竹の子族売り出します?売り出さないでしょ。もちろん、アートなり芸術作品であることを意識したアニメ・マンガなどはクールジャパンとして宣伝していくことは可能でしょう(同様にファッションとしての竹の子族・原宿文化はクールジャパンとして世界に知られている)。なにがただの流行で、なにが文化なのか、曖昧なところですね。
オタクがコミュニケーションツールになっている、という指摘を見たことがある気がします。僕もコミュニケーションツールとしてアニメ・マンガを受け入れた気がします。コミュニケーションツールということは、それだけ多くの人が広く知ることとなった、つまりメインカルチャーとなったことと関係していると思います。マンガ・アニメは既にメインカルチャーだ。なのに、未だにサブカルチャーの席を譲ろうとしない。だから違和感があるんじゃないでしょうか。オタクという言葉はサブカルチャー時代の言葉であり、もはやメインカルチャーとなった今にはそぐわない。
ところで、マンガやアニメがメインカルチャーの仲間入りを果たしたとすると、じゃあ今のサブカルチャーってなんなんすかね。メインカルチャーまで来るとそこから先は衰退していって、また新しくサブカルチャーメインカルチャーの仲間入りをする、という流れを感じますが、マンガ・アニメが未だにサブカルチャーのままなお陰で次のサブカルチャーが出てきていないのかもしれません(さすがにそんな単純な話じゃない)。